‘中国’ カテゴリーのアーカイブ

ゴミのリサイクル

2010年12月18日 土曜日

日本ではいくつかの国と同様に、家庭から出るゴミは分別し、それぞれのゴミの指定日に出すのが普通となっています。金属、プラスチック、ガラス、可燃物、不燃物などが一般的な分類です。一番の理由はリサイクル率を高め、埋立率を減らすことにあるのはいうまでもありません。

しかし、ここ青島では事情は少し異なり、どのような種類のゴミでも全部まとめて、日にちも問わずに捨てることができます。どの家庭にとってもこれほどシンプルなことはないですね(というか、仮に分別しろ、といってもするかどうか疑わしいですが)。好きな時にゴミは出せるし、毎日、回収もしてくれる。

じゃぁ、一体リサイクルはどうなるの?

空き瓶や空き缶、プラスチック容器、紙など、本来であればリサイクル可能なゴミも一緒くたに埋め立て用にまわるの?
と思いますよね?

からくりはあるんです。こちらでは種類別にゴミを集める人たちが本当にたくさんいます。空き瓶についてはすでに述べたとおりですが、そのほかにもプラスチック容器専門、金属専門、紙専門などもよく見かけます。電話での依頼に応じて、直接ゴミを回収しに来てくれることもありますが、ほとんどは住居区域におかれている公衆のゴミ箱を巡り、その専門とする分野のゴミを選り分けているようです。

たとえば夕方の6時に街に出てみると、そこここのゴミ箱は、それこそあふれ出したゴミがゴミ箱を囲むような有様です。でも夜の11時、来た道を通り帰宅するころには、それらのゴミ箱からはごっそりとゴミが抜き取られ、価値のないリサイクル不可能な、最終的に埋め立て用に使用されるであろうものを残すばかりとなります。

初めてゴミ箱の周りでペットボトルを漁っている人を見たころは、とても下品だと思うと同時に悲しい気持ちにもなりました。でも、このこともゴミを分別し、リサイクル率を上げ、ひいては人々に仕事を与える社会の一形態だと言えるでしょう。そうやって考えると、当初の自分の感想に変更を加えざるをえません。

大家とのいざこざ – その2

2010年12月2日 木曜日

続いて・・・

「鍵屋に鍵を開けさせ、鍵を交換する」という大家の言い分を気にかけながらも、私は8月30日、日本での過密日程をこなすために中国を後にし、帰国の途につきました。話を伺った二人の弁護士も不動産会社の担当の人も、いずれにしてもいくつかの法を犯すことになるので、借主の許可なく勝手に鍵を変えるほどこの大家もバカじゃないだろう、と請け合ってくれましたし、私が開けなければ、彼が部屋に入る術はないということも確証してくれました。もちろん私が部屋を開けるわけなんてないので、手つかずの問題は再度、私が青島へ戻る10月、国慶節(1日-7日)の後まで持ち越し・・・のはずでした。

9月28日、水道メーターの交換のため、その団地に常駐している作業員がオフィスを訪ねてきて、上の階(9階ですね)を開けてくれ、と言ってきました。これは他のすべての部屋でも行われていることです。ですので、これ自体はさほどの問題ではありません。でもどういうわけか、そこには「大家が一緒にいる」ということなのです。どうしたって何か裏があると思わずにはいられません。そこで、現地スタッフにドアを開けないようにと指示しました。水道管を交換しないことで、他の部屋の断水が多少、延びるということについても、元を正せば法的責任を全うせず、返金にも応じない大家のせいでしょう?

しかし作業員の女性(団地内全6棟を担当)、大家(は言わずもがな)、それに現地のスタッフも、契約に関する私たちの状況が変わるわけでもないので、開けてメーターを交換した方がいいと言ってきます。結局、状況に流される形で気が進まないながらも、「大家は作業後(約30分)には必ず退出し、鍵も変えない」という条件の下にドアを開けることに同意したのです。

上の階のドアが開き、作業員が水道メーターを交換している間、大家はすぐに行動を開始し、鍵屋にドアの鍵を変えさせてしまいました。そこに居合わせたスタッフには、今見たことを言わないようにと釘を刺し、休日に勝手に大家が変えた風を装っておくようにと言ったようです。彼女は何もできず、黙って見ているしかありませんでした。

その晩にそのスタッフから連絡をもらいました。カビだらけの、家賃を払っていながらも鍵さえ持っていないというそのアパート・・・青島に戻るまではまだ数週間はあるので、その間は今後の対応を考えた方がよさそうです。ちなみに今回の大家については、その行動は暴挙と言っていいでしょう。どのような裁判に出たって負けるはずです。そんなわけで私は10月8日に戻るまでは事態をそのままにし、法的な選択肢を模索するべく、弁護士に連絡を取るよう現地スタッフに指示を出したのです。

石老人 (青島)

2010年10月22日 金曜日

青島には石老人という有名な海水浴場があります。この「石老人」という名前は、その海岸から沖を眺めると見える、海に浮かぶ大きな岩にちなんだものです。その岩には、竜王に連れ去られた娘を嘆き、海の底からの帰りを待ち続けた老人が、最後にはその竜王の魔法によって岩にされてしまったという逸話があります。かくして岩にされてしまった老人は、今もその姿のままで娘の帰りを待っています。

簡体字

2010年10月5日 火曜日

中国には簡体字と繁体字という二種類の文字があります。

現在使われているほとんどの簡体字は1960年代に中華人民共和国政府によって制定されました。ただ簡略化そのものの歴史は古く、1949年の同国成立のもっとずっと以前、秦朝(221 – 206 BC)の頃まで遡ります。ご存知のように草書で書かれた場合などは簡略されたものが多く見られますね。

中央人民政府は公式簡体字を2段階に分けて、1956年に1次リストを、1964年に二次リストを発表しました。下の新聞は中華人民共和国が成立した1949年4月1日のものですが、この頃はまだ繁体字が使用されています。

現在、中華人民共和国、シンガポール、それからマレーシアでは一般的に簡体字が使用されていますが、香港、台湾、マカオ、それに本国以外の地域コミュニティーではまだ繁体字が使用されています。しかし中国の開放が推進されている現在、情報の交流も盛んになり、上記地域における簡体字の使用は増加傾向にあるようです。これとは逆に中国本土での標識やロゴなどのおける繁体字の使用、この先祖返りのような傾向も同時に見られます。

繁体字の簡略化は字を覚えたり、書いたりするのを容易にすることをその原則としていますが、その際にはいくつかの混乱が、たとえば全く違う漢字に変更されるといった事態が生じているのも事実です。そのいくつかの例を以下に見てみましょう。

繁体字:

簡体字:

どちらも日本語には存在しますが、意味は全く違ったものになりますね。

簡略化についての例外としては「強」という字もあげられます。

繁体字: (11画)

簡体字:(12画)

最後の例として、字の画数やその構造に変化を加えず、ただその左右の位置を逆にしただけのものもあげてみます。日本語では「十分な」という意味の漢字です。

繁体字:

簡体字:

ドリンクメニュー

2010年9月24日 金曜日

7月に大連に行きました。大きな中華料理店のドリンクメニューを見ていて気になったことが二つあった。一つ目は、メニューに一つしかない国産と銘打たれたビールは何を隠そう「サントリー」、まぁ、確かに醸造はその地域でされたんでしょうけど…

もう一つはソフトドリンク、上から2行目の「Soda Water (no gas)」。炭酸を抜いてしまった「ソーダ(炭酸水)」って何なんでしょう?