大家とのいざこざ – その2

2010年12月2日

続いて・・・

「鍵屋に鍵を開けさせ、鍵を交換する」という大家の言い分を気にかけながらも、私は8月30日、日本での過密日程をこなすために中国を後にし、帰国の途につきました。話を伺った二人の弁護士も不動産会社の担当の人も、いずれにしてもいくつかの法を犯すことになるので、借主の許可なく勝手に鍵を変えるほどこの大家もバカじゃないだろう、と請け合ってくれましたし、私が開けなければ、彼が部屋に入る術はないということも確証してくれました。もちろん私が部屋を開けるわけなんてないので、手つかずの問題は再度、私が青島へ戻る10月、国慶節(1日-7日)の後まで持ち越し・・・のはずでした。

9月28日、水道メーターの交換のため、その団地に常駐している作業員がオフィスを訪ねてきて、上の階(9階ですね)を開けてくれ、と言ってきました。これは他のすべての部屋でも行われていることです。ですので、これ自体はさほどの問題ではありません。でもどういうわけか、そこには「大家が一緒にいる」ということなのです。どうしたって何か裏があると思わずにはいられません。そこで、現地スタッフにドアを開けないようにと指示しました。水道管を交換しないことで、他の部屋の断水が多少、延びるということについても、元を正せば法的責任を全うせず、返金にも応じない大家のせいでしょう?

しかし作業員の女性(団地内全6棟を担当)、大家(は言わずもがな)、それに現地のスタッフも、契約に関する私たちの状況が変わるわけでもないので、開けてメーターを交換した方がいいと言ってきます。結局、状況に流される形で気が進まないながらも、「大家は作業後(約30分)には必ず退出し、鍵も変えない」という条件の下にドアを開けることに同意したのです。

上の階のドアが開き、作業員が水道メーターを交換している間、大家はすぐに行動を開始し、鍵屋にドアの鍵を変えさせてしまいました。そこに居合わせたスタッフには、今見たことを言わないようにと釘を刺し、休日に勝手に大家が変えた風を装っておくようにと言ったようです。彼女は何もできず、黙って見ているしかありませんでした。

その晩にそのスタッフから連絡をもらいました。カビだらけの、家賃を払っていながらも鍵さえ持っていないというそのアパート・・・青島に戻るまではまだ数週間はあるので、その間は今後の対応を考えた方がよさそうです。ちなみに今回の大家については、その行動は暴挙と言っていいでしょう。どのような裁判に出たって負けるはずです。そんなわけで私は10月8日に戻るまでは事態をそのままにし、法的な選択肢を模索するべく、弁護士に連絡を取るよう現地スタッフに指示を出したのです。

石老人 (青島)

2010年10月22日

青島には石老人という有名な海水浴場があります。この「石老人」という名前は、その海岸から沖を眺めると見える、海に浮かぶ大きな岩にちなんだものです。その岩には、竜王に連れ去られた娘を嘆き、海の底からの帰りを待ち続けた老人が、最後にはその竜王の魔法によって岩にされてしまったという逸話があります。かくして岩にされてしまった老人は、今もその姿のままで娘の帰りを待っています。

簡体字

2010年10月5日

中国には簡体字と繁体字という二種類の文字があります。

現在使われているほとんどの簡体字は1960年代に中華人民共和国政府によって制定されました。ただ簡略化そのものの歴史は古く、1949年の同国成立のもっとずっと以前、秦朝(221 – 206 BC)の頃まで遡ります。ご存知のように草書で書かれた場合などは簡略されたものが多く見られますね。

中央人民政府は公式簡体字を2段階に分けて、1956年に1次リストを、1964年に二次リストを発表しました。下の新聞は中華人民共和国が成立した1949年4月1日のものですが、この頃はまだ繁体字が使用されています。

現在、中華人民共和国、シンガポール、それからマレーシアでは一般的に簡体字が使用されていますが、香港、台湾、マカオ、それに本国以外の地域コミュニティーではまだ繁体字が使用されています。しかし中国の開放が推進されている現在、情報の交流も盛んになり、上記地域における簡体字の使用は増加傾向にあるようです。これとは逆に中国本土での標識やロゴなどのおける繁体字の使用、この先祖返りのような傾向も同時に見られます。

繁体字の簡略化は字を覚えたり、書いたりするのを容易にすることをその原則としていますが、その際にはいくつかの混乱が、たとえば全く違う漢字に変更されるといった事態が生じているのも事実です。そのいくつかの例を以下に見てみましょう。

繁体字:

簡体字:

どちらも日本語には存在しますが、意味は全く違ったものになりますね。

簡略化についての例外としては「強」という字もあげられます。

繁体字: (11画)

簡体字:(12画)

最後の例として、字の画数やその構造に変化を加えず、ただその左右の位置を逆にしただけのものもあげてみます。日本語では「十分な」という意味の漢字です。

繁体字:

簡体字:

ドリンクメニュー

2010年9月24日

7月に大連に行きました。大きな中華料理店のドリンクメニューを見ていて気になったことが二つあった。一つ目は、メニューに一つしかない国産と銘打たれたビールは何を隠そう「サントリー」、まぁ、確かに醸造はその地域でされたんでしょうけど…

もう一つはソフトドリンク、上から2行目の「Soda Water (no gas)」。炭酸を抜いてしまった「ソーダ(炭酸水)」って何なんでしょう?

部屋を借りる

2010年9月15日

今年の3月、日本の従業員の一人の青島長期出張(8月から10月末までの3ヶ月間)を決めてから、彼のための相応しい部屋を探すことにしました。3ヶ月というのはホテル住まいには長すぎるし、年間契約で部屋を借りるにはちょっと短い。そんな理由もあって、最終的には会社からバスで15分くらいの大きな家の一室を借りる、いわゆる間借りの形態に落ち着いたわけです。部屋にはシャワーと洗面所が備え付けられており、部屋のちょうど隣が共同トイレ。立地もいいし、月の家賃1,500元、電気・水道代に月50元と値段も手頃。手付金が500元(ただし理由の如何にかかわらず返却はされない)で、残りは入居時にまとめて払うか月毎で分割するかを選択できるというもので、条件としては理想的ですね。家主が言うには、家の中には他にも滞在者がいるため、通常は家の玄関の鍵は渡さず、それぞれの部屋の鍵のみを提供するということだったのですが、滞在予定者は全く中国語のしゃべれない日本人であること、帰りが真夜になることもあるということなどを説明して、玄関の鍵も渡してもらえるという約束を取り付けることもできました。万事順調、早速500元の手付金を支払い、あとは彼の到着日に、最初の月の家賃の残り1,000元と電気・水道代50元を支払えば契約完了、安心したわけです。

でもね、あるんですね、落とし穴が。彼の到着後、その家まで行ってざっと家の中を一巡した後、階下でさぁ家賃の残りを支払おうかという段になって、なんと家主は家賃として1,500元ではなく1,800元を、電気・水道代として50元ではなく200元を要求してきた上に玄関の鍵も渡すつもりはないと言い出したのです。その後、1時間もの時間を費やして事の次第を話し合ったあげく、やっとのことで手付金支払い時のレシートに記載された家賃、および条件で契約するという同意を得るところまでこぎつけました。残念ながらその時は双方ともにレシートを持っていなかったため、週末(その日は金曜日、夕方)は当初の予定通りに滞在し、週明けの月曜日にレシート持参の上、支払い、および契約の完了という運びになったわけです。もちろん私たちはレシートの内容に何の疑いも持っていなかったので、月曜日にはすべて予定通りにいくだろうと思っていました。

でもまだあるんですね。週が明けて月曜日、中国現地の従業員が、1,500元と50元の文字がはっきりと記載されたレシートを持って家主を訪れました。ここで家主は月1,500元の家賃には同意しましたが、水道・電気代については、今は「夏」なのでエアコンなどの代金も加味して、200元は必要だと言ってくる。このこじつけは受け入れがたい。そもそもレシートには当初から8月から10月末までの滞在と書いているのですから、夏だっていうことくらい想像はつきますよね。さらに3カ月分の前払いと1カ月分の敷金(退室時に返金、何も問題がなければの話ですが)を追加要求。結果として4,650元から6,600元、実に42%も金額が跳ね上がったんですね。仮に敷金が返ってくるかもしれないといっても、相手の手の内がすべて明らかになったわけではない。

新しい部屋を探さなければいけないかも、とここで不安になりました。

まだまだ家主は止まることを知りません。たとえば他の滞在客はすべて中国人で共同の場所はおおむね汚いから日本人には合わないだろう、あるいは彼の祖父が第二次世界大戦時に日本軍に殺されたため、彼の父が日本人と同居するのを嫌がっているなどなど、次から次に言い訳を見つけては、契約を拒み続けたのです。

結局、私たちは別の部屋をみつけ、その部屋の契約をすることにしました。会社にも近く、感じのよい大家(年配のご夫婦)で、家賃は月1,200元。4日間(金曜日の夜から月曜日まで)の紆余曲折を経て、火曜日に新しい部屋へ移動し、彼はやっと問題のない生活を手に入れたのです。