青島の海辺 – その2

2010年6月20日

一週間しか経っていないのですが、人は少し増えてきました。観光客や遊ぶ人は少ししか増えていないが、そろそろ来る観光客を自分の顧客としようとしている人が段々と集まっています。海に入るには水温がまだちょっと低いですが、船に乗ったり、ビーチで遊んだりすることが既に始まっています。

① 熱い日にビーチに行くが、やっぱり日傘が必要

② 浜辺で小さいトラクターで遊ぶ

③ 船に乗って沖を廻る

④ 砂で遊ぶのも楽しい

⑤ 裸足で歩くので、靴は適当に置いて行こう!

⑥ 何かのメッセージを残そう!

文脈は重要

2010年6月14日

言葉や文章一つを翻訳するようによく要求されることがあります。しかし、単語を一個ずつ翻訳が出来ても、直訳になり、意味が全く違う場合もあります。また、言語によっては文章には翻訳するのに情報が足りないこともあります。

それぞれの言語に独特の文法やルールがあり、その言語だけで話していると何の問題はないのですが、その会話の一部だけを正しく翻訳や通訳出来ないことがよくあります。

たとえば、会話の中で「お父さんは犬の散歩をしている。」という文章が出た場合は、追加情報がなければ、翻訳が不可能です。本人同士は話を分かっているが、翻訳者は正しく理解していないことが多い。文章の単語を翻訳・通訳するのではなくて、その文章の意味を訳すべきです。この例では、犬が何匹か分からないと英語に翻訳ができません。それと誰の「お父さん」かが分からないと自然に訳せません。

あり得る訳文は少なくても次の候補があるでしょう:

●  His father is walking the dog.
●  Your father is walking the dogs.

質問をして、その文章の背景を理解していないと正しい翻訳が出来ません。

また、中国人に「私は北京にも行きます。」を中国語に翻訳するように頼むと多くの人は「我也去北京。」と答えます。その後、「私も北京に行きます。」を翻訳するように頼むと、困った顔でまったく同じ文章を繰り返す。前後の文章があれば、両方の日本語の文章が同じ中国語になりますが、単独の文章だとどっちの意味かが判断できません。勿論、区別しようと思えば、2つの中国語の文章を作れますが、自然でもないし、上記の順番で聞くと殆どの人は区別が出来ない答えを言う。

逆に、中国語の「我也去北京。」を日本語か英語に翻訳することが出来ません。一人が2つの場所に行っているのか、2人以上が北京に行っているのか分からないからです。

翻訳するのは言葉ではなくて、意味です!

青島の海辺 – その1

2010年6月9日

まだ夏休み前なので、内陸の中国人観光客はまだ少ないのですが、綺麗な海が有名な青島の今は、たくさんの人が浜辺で遊んでいます。
海風が気持ち良いのですが、まだまだ暑くなります・・・
残念ながら、BBQが禁止されているだけではなくて、犬も駄目のようです。

自動車を買っても、停める場所がない

2010年5月29日

車庫証明のない中国では車の台数が急増しています。車が毎月増えるが、駐車場が全く足りていません。青島では2010年1月現在で、車の数が約150万台、去年と比べて16万台増です。その一年で20万人が運転免許を取得しまた。今は毎日の平均登録新車は600台に足している。それが年間にすると22万台。

一方、駐車場がありません。歩道の隣にちゃんと駐車する場所が白線で決まっているのに、それを無視して歩道そのものが駐車場扱いとなっています。

これも無料ではなくて、1時間2元くらいの料金が必要です。勿論、領収書が必要ないなら、駐車料金を集まっている人に1元を渡せば、彼のポケットに入って、領収書を発行する手間を省くことが出来る!

歩道に停まっている車が多すぎて、歩行者が道を歩くしかないです。歩道に視覚障害者の為のレンガがあるのに、その上に車が停まっているので、全く意味を果たしていない状況です。

青島に来る度に「これ以上車が増えない」と思っても、毎回増えています。

今度はどこで停まるでしょうね・・・?

この写真は私の事務所の窓から撮ったもので、比較的広い歩道です。

でも、歩道が狭くても、状況は同じです。

警察官が「駐車禁止」の標識の下に立っても・・・

出会いは?

2010年5月24日

私はイギリス人で、妻は日本人です。知り合ったきっかけについてよく聞かれます。

私は1991年にイギリスを出てから、初めての里帰りでした。しかも7年ぶり!安い航空券を探した結果、広島発→シンガポール経由→ロンドン着の券を購入しました。同じ日に妻が英語を勉強するためにイギリスへ出発しました。彼女も安い券を探した結果、成田発→シンガポール経由→ロンドン着の券を購入しました。私達はシンガポールからロンドンへの便が同じでした。

機内は、3列、4列、3列の席でした。私たちは真ん中4列席の反対側の通路席でした。私たちの間には、夫婦(国籍不明)が座っていて、その奥さんが私の隣でした。

座った瞬間からその奥さんが私に色んな質問をしてきました。最初の質問は「どこに向かっているのですか?」だった。ロンドン行きの飛行機だったので、ちょっと変な質問だと思いました。

それから次から次へと質問をしてきました。

どこに住んでいる?: 日本

何をしている?: 翻訳

日本語を話せる?: はい

彼女(3席離れた知らない女性)は日本人ですか?: 知らない!!

知らないと答えた瞬間、奥さんが彼女に英語で「Are you Japanese?」と聞きました。彼女は不思議な顔で「Yes.」と答えただけ。それだけで充分でした。奥さんが「彼は日本語が話せるので、ここに座った方がいいよ。」と言い、上にあった荷物を取り出し、無理やり彼女と席を換えました。

彼女はイギリス留学の為に、誰にも資金援助を求めず、自分でアルバイトをして留学資金を貯め、本場の英語を習いに行くと説明しました。15時間後に目的地のロンドンに着いて、一緒に荷物を受け取り、彼女があまりにも不安そうだったので入国の手続きを手伝い、彼女を迎えに来ている英会話学校の担当者の場所まで連れて行きました。私は6週間後に日本に戻る予定だったので、私の親の電話番号を彼女に渡し、困ったら電話してみたらと伝えました。彼女の苗字や連絡先も知らなかったし、彼女が連絡して来るとも思いませんでした。

でも・・・私が日本に戻る前の日に親の家に電話して来ました。「その節はありがとう。今は落ち着いて勉強しています。葉書を送りたいので、住所を教えてください。」と言う短い会話でした。葉書は来ないだろうと思ったが、親のイギリスの住所を電話で教えました。そして何も考えず、翌日日本に帰りました。

数ヵ月後に親から「葉書が届いている」と連絡がありました。まぁ、急いでいないので、親が今度イギリスから何かを送る時にその箱に入れてもらうようにしました。葉書が届いたら葉書で、手紙が届いたら手紙で返信しました。彼女の留学生活が終わり、日本の実家(埼玉県)に帰ってからはメールで連絡が始まりました。その後知り合ってから1年以上経った頃に「福山を見に行っていい?」と聞かれて、福山に遊びに来ました。それが、1999年の10月でした。11月に東京出張があったので、東京で会い、年末年始は彼女が福山に来てその時に、結婚することを決めました。知り合ってから結婚するまでは、電話やメールなどの連絡は多かったけど、実際に会ったのは4回でした。2月に埼玉の実家のご両親に挨拶に行き、彼女はその年の5月1日に福山に引っ越してきました。

国際結婚するのに色んな手続きが必要だったので、婚姻届は出会った日にちを選んで、その日にちに福山市役所に提出しました。知り合った日からちょうど2年でした。